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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)703号 判決 1961年12月21日

控訴人 田崎松市

被控訴人 竹内一郎

主文

本件控訴を棄却する

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴人は「(1) 原判決は主文第一項を除いてこれを取り消す。(2) 被控訴人は控訴人のため、別紙目録<省略>一記載の畑について福岡県知事に対し所有権移転の許可申請をなし、その許可があつたときは、控訴人に対し代物弁済による所有権移転登記手続をなし、かつこれを引き渡せ。(3) 被控訴人は控訴人に対し、同目録二の建物を明け渡せ。(4) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに(3) ついて仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

控訴人において「一、控訴人が昭和三二年七月二〇日被控訴人から原判決添付第一目録記載の土地二筆を買い受けた際、被控訴人は控訴人に対し遅滞なく同土地に付着する訴外立花長市の抵当債務(被控訴人は昭和三一年一二月二五日、同訴外人から金三四万円を弁済期同三二年六月三〇日、利息月一分五厘の約で借用し、原判決第一目録一の畑及び別紙目録一の(一)の畑二反一五歩を共同抵当に供し抵当権設定登記をした。)その他の債務を完済して、右抵当権設定登記を抹消することを約した(甲第一号証五項)ので、控訴人は被控訴人を信頼し売買代金全額を支払つたのに、被控訴人が約旨に違反し、抵当債務を弁済しなかつたため、控訴人は同年九月四日従来主張の土地建物(ただし、原判決第二目録二の二棟の建物中後者(家屋番号上城野千二百三十三番の内と書いてある建物)は、別紙目録二の(二)の建物となり(甲第一〇号証の二)、原判決第二目録三の建物は、別紙目録二の(三)の建物となつた(甲第一〇号証の三)のである。)等を担保(被控訴人の債務不履行を停止条件とする代物弁済契約)として金四〇〇万円を貸与するに当り、被控訴人との間に、被控訴人の立花長市に支払うべき抵当債務金その他合計二〇六万円を控訴人において被控訴人に代つて支払うこと、被控訴人は右控訴人の代払金を控訴人に預け置くこと、控訴人はこの預り金を九州相互銀行小倉支店に預金しておくこと、控訴人は貸与金四〇〇万円から右預り金額二〇六万円を差し引いた残額一九四万円(甲第七号証)を被控訴人に現実に交付すること

を約し、控訴人は即日内金一二〇万円を交付したのを初めとし、同年一〇月五日までの間に、立花長市に対する抵当債務金支払のための三〇万円を除いて、右約束を実行した。右三〇万円は、控訴人は同年九月四日被控訴人から預つたままの状態に変動を加えていないので、同年一〇月五日金四〇〇万円全額について消費貸借が成立したのである。なお、被控訴人は、控訴人が四〇〇万円の貸付を約するに当り、被控訴人は訴外立花長市に対する元金三四万円の利息損害金は、同訴外人において一万円に減額することを保証した(ただし、利息・損害金は九万円で、昭和三五年四月下旬合計四三万円を弁済したことは、従来主張のとおりで、原判決に合計四一万円とあるのは誤記である。)ので、同訴外人に対する債務は元利計三五万円となるので、当初の約束は、控訴人は金三五万円を預り置く約であつたところ、右四〇〇万円の貸渡につきその資金繰りの衝に当つた九州相互銀行小倉支店の昭和三二年一〇月五日現在における被控訴人の別段預金口座に、五万円多く振り込まれたところ、被控訴人は同年一二月この五万円を払い戻したという経緯で、結局控訴人は、同年一〇月五日現在被控訴人のため、金三〇万円を預つていたのである。二、被控訴人の後記二の自白の撤回に異議がある。その自白を援用する。控訴人は口頭で別口の金四〇〇万円を貸与することを約したことはない。被控訴人のその余の主張は否認ないし争う。右主張は被控訴人独自の見解で採用に値しない。」と述べ、<立証省略>

被控訴人において「一、控訴人主張の、被控訴人と訴外立花長市間の消費貸借契約及び抵当権設定契約の内容、原判決第二目録二の建物中後者が、別紙目録二の(二)の建物となり、原判決第二目録三の建物が、別紙目録二の(三)の建物となつたことは認める。二、昭和三二年九月四日の停止条件付代物弁済契約を伴う金四〇〇万円の消費貸借を成立させる合意が成立したことは否認する。被控訴人が従来右合意の成立を認めたのは、同合意を記載する書面が作成されたことを認めたにすぎないのである。したがつて、同年一〇月五日金四〇〇万円の消費貸借が成立したことも否認する。控訴人と被控訴人間の金銭貸借の交渉は、昭和三二年八月中から始められ、同年九月三日に話が纒まり、被控訴人は本件四〇〇万円の外、口頭をもつて別に四〇〇万円を貸与することを承諾した。翌四日における話合は、書面の上では一応金四〇〇万円を貸与すると書いておくが、この金員では不足するので、土地、建物、動産、事業上の設備など一切を担保として金八〇〇万円まで貸与することに合意が成立した。書面に表わした金四〇〇万円についても、内八二万円の未交付があり、口約による四〇〇万円の貸与方に関しては控訴人から被控訴人に対し、同年一〇月中旬から同月末頃までの間、数回にわたり同年一二月二〇日までに現金を交付するよう請求したが、被控訴人において履行しなかつたので、原審で主張したように、昭和三二年九月三日(甲第六号証及び乙第一号証)及び同月四日(甲第五号証)に成立した合意を解除した。控訴人は従来主張したとおり金三一八万円については、消費貸借が成立したことを認めたが、その内九万円は控訴人が九州相互銀行から借金するについての謝礼金も合算されているとのことである。三、金銭の消費貸借において、現実に金銭の授受がなくても、借主が現金の交付を受けたと同一の経済上の利益を受けたときは、これにより消費貸借が成立するが、かりに、控訴人が、訴外立花長市に対し負担する被控訴人の債務を重畳的に引き受けたとしても、重畳的債務引受のみによつては被控訴人が金銭の交付を受けたと同一の利益を受けたことにはならないので、消費貸借は成立せず、また、控訴人が主張のように、控訴人名義で金員を預り預金したとしても(被控訴人はこの預り預金したことを否認するが)、これにより消費貸借を成立させる旨の明示黙示の合意など、特段の事情のないかぎり、ただちに消費貸借の成立するいわれはない。被控訴人が控訴人の出捐により金銭の交付を受けたと同視さるべき経済上の利益を受けたのは、控訴人が前示訴外人に現実に金銭の支払をなしたという昭和三五年四月二六日の元金三四万円(甲第一七号証の一)と同年五月二日利息一万円(利息九万円の内、同号証の二)の合計金三五万円に過ぎないところ、これより先同年四月二二日に、控訴人が四〇〇万円のうち金八二万円の貸与をしない債務不履行を理由として(右八二万円の中には右三五万円を含んでいる)契約は解除されているので、右についても消費貸借は成立しない。」と述べ、<立証省略>た外は、原判決に書いてあるとおりである。

理由

一、(1) 原判決添付第二目録二記載の二棟の建物のうち後者一棟及び同三記載の建物がそれぞれ別紙目録二の(二)及び(三)の建物に当り(したがつて、以下便宜原判決添付目録を引用して記載する。)、また、被控訴人は昭和三一年一二月二五日訴外立花長市から金三四万円を、弁済期同三二年六月三〇日利息月一分五厘の定めで借用し、これを担保するため、被控訴人が所有の原判決添付第一目録一の畑及び別紙目録一の(一)の畑を共同抵当に供して抵当権設定登記をなしたことは当事者間に争がない。

(2) 被控訴人は、控訴人が昭和三二年九月四日被控訴人に対し金四〇〇万円を、利息月三分毎月月末までに支払うこと、弁済期日昭和三三年九月三日、利息の支払を怠つたときは期限の利益を失う旨の約定で金員を貸しつけることを合意し、かつ、これに付従して弁済期日までに債務を弁済しないときは、原判決添付第二日録一から四までの動、不動産の所有権を代物弁済として控訴人に移転するとの停止条件付代物弁済契約をなし、なお、同第二目録一記載の畑については、被控訴人において福岡県知事に対しその所有権移転について許可を得た上、控訴人に代物弁済による所有権移転登記手続をなすことの約束で被控訴人にこれを貸与する旨の契約が成立したことを自白したのに、後これを撤回し、控訴人が被控訴人に貸し出すことを約した金額は、八〇〇万円で、四〇〇万円ではない。従来の自白は、自白した事実が書面に作成されたことがあることを認めたに過ぎないと主張するが、自白撤回後の被控訴人の主張に副う、当審証人乙木梅太郎、杉重輔の各証言、当審被控訴本人尋問の結果は到底信用しがたく、他に右自白が事実に反するという証拠はないので、自白の撤回は許されないといわなければならない。

二、成立に争のない甲第一号証ないし第一〇号証の一から七まで、第一五、一六号証、第一八号証の一、二、第二八号証の二、原審証人松尾晴次の第三回証言により成立を認めうる甲第一七号証の一、二、原審証人佐々木黎明の証言により成立を認めうる甲第一一号証、各その方式及び趣旨により当裁判所において真正に成立したと認める甲第一二、二四、二七号証、第二八号証の一、原審及び当審証人佐々木黎明、深堀猶行、玉利為矩、松尾晴次、(原審第一ないし第三回)原審証人広中義人、当審証人相沢清二の各証言、原審(第一、二回)及び当審控訴本人尋問の結果、原判決が理由一で認定した事実、当事者弁論の全趣旨を総合すれば、つぎの事実が認められる。

(1)  被控訴人は、原判決理由一において認定してあるとおり、その主宰する竹内乳牛株式会社の事業に失敗し、多額の債務を負担し、同会社の債務についても自己所有の財産を担保に供していたので、原判決添付第一目録記載の不動産を売却し、これら債務を整理しようとしたが、この売却代金を負債の償却に充てても、なお多額の急速に支払うべき債務が残存し、かつ、控訴人のために右第一目録の土地に存する抵当債務を弁済して、抵当権設定登記を抹消する義務も履行できなかつたところから、さらにその所有の他の不動産その他の財産を処分して自己の債務及前示会社の債務を弁済し、併せて事業を再建しようと熱望し、控訴人に対し直接あるいは深堀猶行、松尾晴次を介し再三順資を懇請し、また九州相互銀行小倉支店においても控訴人に協力することになつた結果、昭和三二年九月四日前示一の(2) 記載のような内容の消費貸借を成立させる旨の合意並びに停止条件付代物弁済契約が成立し、かつ、その貸出については大要金二〇六万円は被控訴人が負担している債務及び被控訴人が実質上経営した前示竹内乳牛株式会社の債務を控訴人が被控訴人に代つて弁済し、概略残金の一九四万円は被控訴人に直接現金を交付するかまたは、九州相互銀行小倉支店の被控訴人名義の預金口座に漸次振り込み入金することによつてなし、もつて消費貸借を成立させることを合意し、ことに原判決理由一及び前示一の(1) に認定の訴外立花長市に対する元金三四万円(控訴人と被控訴人との内部関係においては、その利息、損害金は合せて金一万円であるとされていたので元利合計三五万円)の債務は控訴人がこれを重畳的に引き受けて弁済することを合意し、控訴人は前示契約成立後間もなく同訴外人との間に重畳的債務引受契約をなした。

(2)  右の合意に基いて、控訴人は1、昭和三二年九月四日九州相互銀行小倉支店の被控訴人の預金口座に金一二〇万円を入金し、2、同年九月一八日頃現金二〇万円を被控訴人の代理人玉利為矩に交付し、金五〇万円を被控訴人の抵当債権者である広中義人に支払い、金三〇万円を前示支店の被控訴人の預金口座に入金し(入金額は三二万四千円であるが、その内二万四千円は、被控訴人が控訴人のために立て替え支払つた登記に要した諸費用であるから、この金額は入金額から控除する。)、3、同年九月三〇日頃被控訴人が所有不動産を抵当に供して、竹内乳牛株式会社が九州相互銀行小倉支店から借用した債務四一万五千円を同支店に弁済して抵当権を消滅させ、4、同年一〇月四日金八万五千円を右支店の被控訴人の預金口座に入金し、右の広中義人に対する被控訴人の抵当債務元利計五三万四千一七五円を弁済して抵当債務全額を支払い、抵当権を消滅させ、金四六万五千八二五円を前示支店の被控訴人の預金口座に入金したので、同年一〇月四日現在において現金二二五万八二五円を交付し、債務一四四万九千一七五円を弁済したので合計金三七〇万円について消費貸借が成立したこと。

(3)  ところで訴外立花長市に対する抵当債務については、同訴外人が被控訴人に対して有する無担保の債権二〇余万円をも同時に弁済してくれることを強く要求して弁済の提供を拒絶したので、控訴人は右抵当債務金額を弁済供託するか、あるいは直接被控訴人に交付して、前顕消費貸借を成立させるのが、前示合意上の貸出義務者としての当然の責務であるのに、被控訴人はかかる行為に出ないで、たまたま昭和三二年五月三〇日控訴人の妻田崎藤江名義で、前記小倉支店に金一〇〇万円を満期昭和三三年五月三〇日とする定期預金をしていたのをそのまま預金し続けて、少くとも昭和三六年一一月にいたり、また、昭和三五年四月二六日訴外立花長市に対し抵当債務元利計四三万円を弁済し、抵当権を消滅させたこと

の各事実が認められる。この認定に反する原審及び当審証人乙木梅太郎、杉重輔の各証言、原審証人松浦順次郎の証言、原審及び当審被控訴人尋問の結果並びにその他の各証拠は採用しない。

三、金四〇〇万円から三七〇万円を控訴した右三〇万に限つて判断するに、控訴人はこの三〇万円(の外被控訴人に現金を交付する以外の金額)は、被控訴人が控訴人に預託し控訴人がこれを前示小倉支店に預金したときに消費貸借が成立する。あるいは、控訴人が訴外立花長市との間に前示抵当債務の重畳的債務引受をなしたときに、消費貸借が成立すると主張するので、先ず後段の主張について考えるに、特段の事情のないかぎり、たとえ抵当債権者において、重畳的債務引受人が主債務者に代わつて抵当債務を完済することを知悉したとしても、主債務者の債務はなんら態様に変更をきたすことなく、右引受人の債務と連帯債務の関係において依然存続するので、主債務者である被控訴人は、控訴人が重畳的に債務を引き受けたことのみによつて、金銭の交付を受けたのと経済上同一の利益を受けたとなすことはできず、また、控訴人が重畳的に債務を引き受けることによつて、消費貸借ないし準消費貸借が成立するという格別の事情も認められないので、重畳的債務引受によつて貸借が成立したという控訴人の主張は理由がなく、また、控訴人が当審において最も強調主張するところの、被控訴人は消費貸借の目的たる金三〇万円を貸主である控訴人に預託し控訴人はこれを前記小倉支店に預金することによつて、当事者間に消費貸借が成立する旨の合意が成立したとの前段の主張について説示すれば、金銭の消費貸借は要物契約であるから、その成立には消費貸借についての合意の外借主が先ず貸主から目的物たる金銭の引渡を受けることが必要である。ただその引渡は、現実の引渡たることを要せず、目的物の現実の授受を省略したいわゆる観念的引渡である簡易の引渡、占有の改定、もしくは指図による占有権の譲渡(いわゆる返還請求権の譲渡)によつても、これをなすことができるので、例えば控訴人が極力主張するとおり、当事者合意の上、簡易の引渡によつて借主が借り受くべき金銭を、貸主に寄託することによつて消費貸借を成立せしめうるのはもちろん、貸主がその受託金を約定の銀行に自己の名義をもつて預金したときに、消費貸借が成立することを約定することを妨げないとともに、目的物は常に必ずしも現金にかぎることなく、あるいは銀行振出の確実なる小切手、郵便為替であることも不可でなく、あるいは契約の趣旨に従つて、貸主の預金通帳と印鑑とを交付し、あるいは、物を交付してこれを売却させ、その売却代金をもつて貸金の目的となすことを合意することを妨げない。要するに、目的たる金銭が引き渡されたのと同一の確実な経済上の利益を借主に授与することによつて消費貸借は成立するのであるが、前認定に徴し明らかなように、本件消費貸借の目的物である金三〇万円はすでに弁済期到来している訴外立花長市に対する弁済に充てらるべきものであり、その故にこそ金四〇〇万円の消費貸借をなすべき合意が成立したのであるから、右三〇万円につき当事者間にその現実の授受を省略して、借主たる被控訴人が貸主たる控訴人にこれを預託したときに消費貸借が成立するという合意のなされた証拠はなく、また、これによつて、被控訴人が金三〇万円の交付を受けたと同一の経済的利益を受けたと見ることはできず、いわんや控訴人がこれを前示小倉支店に控訴人ないしその妻名義で何時でも払い戻しうるよう預金することによつて、消費貸借が成立する合意が成立したという控訴人の主張についてはなんらの的確な証拠はなく、またこれによつて被控訴人が金三〇万円の交付を受けたと同一の確実な経済的利益を受けたとは到底見ることはできないし、その外に昭和三二年一〇月四日までに金三〇万円につき消費貸借が成立したということについての主張も立証もないので、結局同日までに金四〇〇万円全額について消費貸借が成立したとの控訴人の主張は採用することができない。

四、すでに本件において見たように、金四〇〇万円の消費貸借を成立させることを合意し、これに付従し後日消費貸借が成立したときにおいて、借主が弁済期に債務を弁済しないときは、当然目的物を債務の代物弁済に供するという停止条件付代物弁済契約がなされ、しかも内金三七〇万円についてのみ消費貸借が成立し、残金三〇万円については消費貸借が成立しないまま当初の弁済期(被控訴人はこの弁済期は昭和三四年三月三日まで延期されたと抗弁するが、これに副う証拠は前認定に供した証拠と対比し信用できない。しかしかりに右の日まで弁済期が延期されたとしても、同日までに金三〇万円について消費貸借の成立しなかつたことは、前援用の証拠によつて明らたでああるから、右延期の有無は、帰結に消長をきたさない)を経過した場合は、右停止条件付代物弁済契約は、特段の事情のないかぎり弁済期の経過に伴い当然消滅すると解するのが相当である。けだし、消費貸借を成立せしめる旨の合意に付従してなされる停止条件代物弁済契約は、貸主たるべき者が合意にかかる金員全額を借主たるべき者に貸し出して消費貸借が合意どおり成立することを前提とし、かつこの合意あるからこそ締結されたという法的性格を持つものであるので貸出義務を負担する貸主が合意にかかる金員全額ないし社会の通念に照らし信義則上これと同視しうる金額(金四〇〇万円のうち三七〇万円を貸し出しただけでは、到底全額を貸し出したと同視し得ない。)を貸し出して、消費貸借を成立せしめるという自己の債務を履行せずに、かつ、それ故にこそ、停止条件付代物弁済契約の前提をなす消費貸借が全額については未成立である以上、右の前提行為を履行しない債務不履行の貸主は、いまだ停止条件の成就を主張する法律上の地位を取得しないものというべく、またこれを借主の立場から見れば、一般的にいつて単一な消費貸借をなすべき合意が成立したのに、貸主が貸金全額を給付しないかぎり、合意の消費貸借は未完成であり、したがつて、その弁済期など到来する筋合でなく、貸主から残余の金員の貸付を受けて、はじめて弁済すべき義務が生ずると考えるのが通常であるし、ことに一般に代物弁済ないし代物弁済の予約においては、その目的物の価額は債務の額よりも相当高額であるのが通例であつて現に本件において債務額四〇〇万円に対し、停止条件付代物弁済の目的物の価額は、原審鑑定人入学虎之助、野口武、高部政隆の各鑑定の結果を合わせ考えると、金九四〇余万円であることが明らかであるので、前説示と反対に、停止条件付代物弁済の効果を生ずるとすれば、合意にかかる金員全額の貸出を得ることによつて、借受金の利用を所期せんとする借主は、期待するところは裏切られて、その財産は貸主に奪われるという結果を生じ、到底合理的な解釈ということはできない。

以上説明のとおり、金銭の消費貸借をなすべき合意に付従して、停止条件付代物弁済契約がなされた場合、合意にかかる金員全額もしくはこれを同視すべき金額についての消費貸借が成立しないまま、合意上の弁済期を経過したときは、特段の事情のないかぎり、停止条件付代物弁済契約は、弁済期の経過とともに消滅するものと解しなければならない。

はたしてそうだとすれば、昭和三三年九月三日の前示弁済期の経過より停止条件付代物弁済契約が効力を生じたことを前提する控訴人の本訴請求は、その余の点に関する争点の判断をなすまでもなく、失当であるから、これを排斥すべきである。

右と判断を同じくする原判決は相当で控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

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